6戦未勝利の遅咲き——「牛のような馬体」の素質馬

シルクジャスティス 基本情報
生年月日1994年3月18日
性別牡
毛色栗毛
産地北海道新冠町
生産早田牧場新冠支場
父ブライアンズタイム
母ユーワメルド
母の父サティンゴ
馬主有限会社シルク
調教師大久保正陽(栗東)
主戦騎手藤田伸二(京都4歳特別以降全戦)
通算成績27戦5勝
主な勝ち鞍有馬記念(GⅠ)
京都大賞典(GⅡ)
京都4歳特別(GⅢ)
死亡2019年6月3日(25歳)

1994年3月18日、北海道新冠町の早田牧場新冠支場で生まれた栗毛の牡馬。父ブライアンズタイムはナリタブライアン・マヤノトップガン・サニーブライアンを輩出した1990年代最強クラスの種牡馬だ。

入厩時から「牛のような馬体」と言われるほどドッシリとした体型が目を引いた。気性も激しく、扱いに苦労する面もあったという。しかし調教での動きは確かな素質を感じさせるもので、大久保正陽調教師は辛抱強くこの馬を仕上げていった。

1996年10月、京都の新馬戦でデビューしたものの初勝利まで実に6戦を要した。翌1997年3月にようやく未勝利を脱出すると、そこから一気に覚醒した。毎日杯3着を挟んで若草S、そして京都4歳特別を連勝——この京都4歳特別から藤田伸二が鞍上に収まり、引退まで全てのレースで手綱を握ることになった。

1997年 日本ダービー——2番人気でサニーブライアンに敗れる

京都4歳特別の内容が評価されてダービーでは2番人気に支持された。しかし11番人気・大外18番枠のサニーブライアンが前走同様の大逃げで押し切り、シルクジャスティスは後方から追い込むも届かず2着。この世代の主役が「大逃げ馬」だったという番狂わせに、競馬界が揺れた一日だった。

続く菊花賞では3番人気に支持されたが8着と大敗——長距離への適性の不安が露呈した。しかし陣営は冬の有馬記念への参戦を決める。3歳馬で古馬と対決する中山2500m。常識的には厳しい選択だったが、この決断が歴史を作ることになる。

1997年 有馬記念——3歳馬、伝説の三つ巴を制す

4番人気・マーベラスサンデーとエアグルーヴとの三つ巴

1997年の有馬記念は強力なメンバーが揃った一戦だった。春の宝塚記念を制したマーベラスサンデーが1番人気、天皇賞(秋)を勝ちジャパンCでも日本馬最先着のエアグルーヴが2番人気。4番人気のシルクジャスティスは「好走すれば上出来」という評価だった。

藤田伸二は後方に控える作戦を選択した。3コーナーから徐々に進出すると、直線では先に抜け出したマーベラスサンデーとエアグルーヴが叩き合いを展開。その2頭の間を割るようにして突っ込んできたシルクジャスティスが、ゴール前でマーベラスサンデーをクビ差捉えて先頭でゴールへ飛び込んだ。

3歳馬による有馬記念制覇——大久保正陽調教師にとっても、藤田伸二にとっても、そして馬主のシルクにとっても、この上ない栄誉だった。

主要戦績(抜粋)
年レース格着順備考
1997年京都4歳特別GⅢ1着藤田伸二・重賞初制覇
1997年日本ダービーGⅠ2着サニーブライアンに惜敗・2番人気
1997年菊花賞GⅠ8着マチカネフクキタル優勝・長距離不向き
1997年京都大賞典GⅡ1着重賞2勝目
1997年有馬記念GⅠ1着4番人気・マーベラスサンデー・エアグルーヴを差し切り
1998年阪神大賞典GⅡ2着メジロブライトに完敗
1998年天皇賞(春)GⅠ4着メジロブライトの2馬身半差4着
1998年京都大賞典GⅡ3着グラスワンダーに敗れる
1999年天皇賞(春)GⅠ4着スペシャルウィークに完敗

エリモダンディーとの友情——「正義」の名に恥じない義侠心

気性難の暴れ馬が、小柄な同期を守り続けた

シルクジャスティスは気性の激しさで知られた馬だったが、同厩の同期・エリモダンディー(同じブライアンズタイム産駒)とは特別な関係だった。入厩時から体重が400kg以下と小柄で「2歳の馬を送ってくるな」と冗談を言われたほどのエリモダンディーは、人懐っこい一方でいじめられっ子気質があり、意地の悪い馬に脅されても縮こまるだけだった。

しかしそんなダンディーを助ける馬がいた——シルクジャスティスだ。自己中野郎と思われていたこの気性難の暴れ馬は、いじめっ子をシッシと追い払い、エリモダンディーを守り続けた。その縁もあり、2頭は同時に調教・調整を受けることが多かった。

1998年1月、エリモダンディーは日経新春杯を制したが直後に骨折。療養中の2月8日に結腸捻転を起こし、若くして命を落とした。親友を突然失ったシルクジャスティスは、その後の現役時代に一度も勝てなかった。「エリモダンディーの喪失が影響したのでは」という声は少なくなかった。

「ジャスティス」の名のように——種牡馬引退後も愛された馬

現役引退後は種牡馬となったが、シンジケートが解散した際に「行き場を失わせるのは忍びない」と畠山牧場の畠山重博代表が引き取った。競馬界では珍しい「義侠心による引き取り」——エリモダンディーを守り続けたジャスティスを、今度は人間が守った。

2019年6月3日、老衰のため25歳で死亡。主戦騎手の藤田伸二は「俺の愛馬であるシルクジャスティスがさっき亡くなった…思い出深い相棒だったのに気持ちが暗くなる…」と哀悼の意を表した。

血統が語る「ブライアンズタイム産駒の底力——Roberto系のパワー」

父ブライアンズタイムはRoberto系のパワー種牡馬で、大型馬が多くタフな馬場を苦にしない産駒を多く出した。ナリタブライアン(三冠)・マヤノトップガン(GI4勝)・サニーブライアン(二冠)・シルクジャスティス(有馬記念)と、1990年代の大舞台を彩った名馬を次々に輩出した名種牡馬だ。

一方母父サティンゴは英国産で未出走のまま種牡馬入りした変わり種だが、その血統にはフランスの名馬Tantieme(1950年凱旋門賞)の系譜が流れており、欧州的なスタミナを母系にもたらした。ブライアンズタイムのパワーとサティンゴの欧州スタミナが中山2500mという舞台で花開いた——それが1997年の有馬記念だった。

シルクジャスティスと近親の活躍馬

  • ブライアンズタイム(父)— フロリダダービー・ペガサスH・ナリタブライアン(三冠)・マヤノトップガン(GI4勝)等を輩出
  • エリモダンディー(同父同厩の同期)— 1998年日経新春杯勝利・同年2月急死
  • シルクライトニング(従兄弟・同馬主)— 1997年皐月賞2着
  • メリーナイス(祖母ピーチガールの半妹ツキメリーの産駒)— 1987年日本ダービー馬
  • テイエムトッパズレ(甥・父テイエムオペラオー)— 京都ハイジャンプ・東京ハイジャンプ等障害重賞3勝

【筆者の思い出】「憎き馬」だったのに、妙な親近感があった

シルクジャスティスは、正直なところ「憎き馬」だった。メジロブライトを応援していた身としては、はっきり言って邪魔な存在だ。ダービーではブライトに先着し、阪神大賞典でもブライトを脅かし、天皇賞でも同じレースに出てくる。「また来た」という気持ちが先に立っていた。

しかし不思議なもので、常にメジロブライトと同じレースに出てくるせいで、妙な親近感が生まれていった。応援している馬のライバルは、いつしか「顔なじみ」になっていく——競馬ファンのあるあるだと思う。好きではないが、知っている。知っているから、気になる。シルクジャスティスはそういう馬だった。

そしてエリモダンディーを守るエピソード。これは大好きだ。気性難の暴れ馬として知られたシルクジャスティスが、小柄ないじめられっ子を追い払って守り続けていたという話——「正義」という名前を冠した馬が、その名の通りに振る舞っていたという事実が、なんとも胸を打つ。競馬の世界でこういうエピソードに出会うと、馬という生き物への敬意が深まる。

好きではなかった馬が、引退後に「いい馬だったな」と思える。競馬ファンを長くやっていると、そういうことが時々ある。シルクジャスティスはそんな馬の一頭だ。

シルクジャスティス この馬を一言で言うなら

  • 6戦未勝利の遅咲き——デビューから半年後に掴んだ初勝利がクラシックへの出発点
  • 3歳の有馬記念でマーベラスサンデー・エアグルーヴという年長の強豪を差し切った世代を超えた勝利
  • 父ブライアンズタイム産駒の「Roberto系パワー」が中山2500mで頂点に達した
  • エリモダンディーを守り続けた「正義」——その名に恥じない義侠心で語り継がれる馬
  • 友の喪失後は勝てなかったが、人間に守られ25歳まで生きた晩年——「義」が巡り巡った物語
  • 藤田伸二が「思い出深い相棒」と語った縁——主戦一筋で走り続けた絆