「天才少女」の誕生——デイリー杯から阪神3歳牝馬Sへ

シーキングザパール 基本情報
生年月日1994年4月16日
性別
毛色鹿毛
産地米国(Lazy Lane Stables)
Seeking the Gold
ページプルーフ
母の父Seattle Slew
馬主植中昌子
調教師森秀行(栗東)
主戦騎手武豊
通算成績国内16戦7勝・海外5戦1勝
主な勝ち鞍モーリス・ド・ゲスト賞(仏GⅠ)
NHKマイルC(GⅠ)
ニュージーランドT(GⅡ)
フラワーC(GⅢ)
デイリー杯3歳S(GⅢ)
シルクロードS(GⅢ)
表彰1997年JRA賞最優秀3歳牝馬(次点)

米国Lazy Lane Stablesで1994年に生まれたシーキングザパールは、外国産馬(持込馬)として日本に渡り、栗東・森秀行厩舎に入厩した。父Seeking the Goldは米国でスーパーダービーなどG1を4勝した名馬で、その父はMr. Prospector——世界的大種牡馬の直系を引く血統だ。

1996年夏、小倉の新馬戦を快勝してデビュー。2戦目の新潟3歳Sは出遅れて3着に敗れたが、デイリー杯3歳Sでは5馬身差の圧勝で重賞初制覇。しかし外国産馬に桜花賞出走権がなかった当時のルールが、この馬の3歳シーズンの行く手を大きく左右した。当時最強と目されながら阪神3歳牝馬Sではメジロドーベルとキョウエイマーチに次ぐ4着に敗れ、「気難しい面がある」という評価が定着していった。

転厩から開花——NHKマイルC制覇

4歳(現3歳)となった1997年、転厩後初戦のシンザン記念を快勝。続いてフラワーCも制して重賞連勝。外国産馬に出走権があったNHKマイルCを目標に定め、ニュージーランドT(GII)でも勝利を収めた。

迎えたNHKマイルC本番——武豊を背に好位から抜け出したシーキングザパールはゴール前で力強く伸び、見事にGI初制覇。外国産馬がクラシックに出走できない不条理を乗り越えた「外国産馬の意地」が結実した瞬間だった。

1998年——「露払い」から「先鋒」へ

誰も知らなかった、歴史が変わった瞬間

1998年夏、森秀行調教師は秘かな勝算を抱いてフランスへの遠征を計画していた。当初は1600mのジャック・ル・マロワ賞を狙っていたが、タイキシャトル(藤沢和雄厩舎)が同レースへの出走を決定。「1600mではタイキシャトルには勝てない」と判断した森師は、1週前に開催される1300mのモーリス・ド・ゲスト賞に照準を切り替えた。

当時の日本では「タイキシャトルも遠征するらしい、ついでにシーキングザパールも」という認識が大半だった。しかし8月9日のドーヴィル競馬場で、シーキングザパールは好スタートから先頭に立つと後続を寄せ付けずコースレコードで快勝——日本調教馬として欧州GI初制覇の偉業を静かに、しかし確実に達成した。タイキシャトルより1週早く、誰も知らないうちに歴史が変わっていた。

翌週のジャック・ル・マロワ賞ではタイキシャトルも制覇。日本の競馬ファンはその1週前にシーキングザパールがすでに偉業を成し遂げていたことを、遅ればせながら知ることになった。フランスの競馬新聞は「日本の爆弾娘、GIを獲得」と大々的に報じていた。

「森先生はよくこんなレースを見つけ出したものだと感心します。日本人はよく名の知られたビッグレースを狙うのがふつうでしたから」 — 武豊騎手、著書より(モーリス・ド・ゲスト賞選択について)
主要戦績(抜粋)
レース着順備考
1996年デイリー杯3歳SGⅢ1着5馬身差の圧勝・重賞初制覇
1996年阪神3歳牝馬SGⅠ4着メジロドーベル・キョウエイマーチに次ぐ
1997年フラワーCGⅢ1着転厩後重賞連勝
1997年ニュージーランドTGⅡ1着NHKマイルCへの前哨戦
1997年NHKマイルCGⅠ1着武豊・外国産馬の意地
1998年シルクロードSGⅢ1着フランス遠征前の国内最後の勝利
1998年高松宮記念GⅠ2着シーイズトウショウに半馬身差
1998年モーリス・ド・ゲスト賞仏GⅠ1着コースレコード・日本調教馬欧州GI初制覇
1998年ムーラン・ド・ロンシャン賞仏GⅠ5着距離1600mで届かず
1998年スプリンターズSGⅠ2着マイネルラヴに惜敗

「先鞭」が変えた日本競馬の歴史

シーキングザパールの欧州GI制覇が日本競馬に与えた影響は計り知れない。この快挙に続く形で、翌1999年にはエルコンドルパサーがサンクルー大賞(G1)を制覇、アグネスワールドはアベイ・ド・ロンシャン賞を制覇(2000年にもジュライカップ優勝)——日本競馬が本格的に欧州の舞台で存在感を示す時代の「嚆矢」となった。

もし森師が「タイキシャトルより先に」という勝負師的な判断をしなければ、この歴史は異なるものになっていた可能性がある。「出し抜いた」という批判もあったが、競馬は勝負の世界——1週早く勝った事実は永遠に変わらない。

血統が語る「Mr. Prospector×Seattle Slew——米国最強スピード血統の結晶」

シーキングザパールの血統は、父Seeking the Gold(父Mr. Prospector)×母父Seattle Slew(米三冠馬)という米国競馬を代表する2大スピード血統の組み合わせだ。Mr. Prospectorは世界中でリーディングサイアーを獲得した史上最高クラスの種牡馬のひとつ。Seattle Slewは米三冠馬として史上最強クラスのスピードを誇った。その2大スピード血統が合わさったことで、1300mのスプリント戦でコースレコードを叩き出すという「純粋スピード」が生まれた。

シーキングザパールと近親・産駒の活躍馬

  • Seeking the Gold(父)— 米G1スーパーダービー・ドワイヤーS等4勝・Mr. Prospector直仔
  • Seattle Slew(母父)— 1977年米三冠・無敗での三冠制覇は史上初
  • シーキングザダイヤ(産駒・父Storm Cat)— 中央重賞勝ち
  • タイキシャトル(1998年同時遠征・ジャック・ル・マロワ賞制覇)— 欧州GI制覇で日本競馬の欧州進出を確固たるものに

【筆者の思い出】世代の頂点だったはずが——タイキシャトルという壁

シーキングザパールは、2歳時や3歳春の時点では世代の頂点という印象が強かった。デイリー杯の5馬身差圧勝、NHKマイルCの快勝——この馬が一番強いのではないかという確信が、あの頃はあった。

しかしタイキシャトルが本格化してから、その構図は一変した。何度ぶつかっても跳ね返される。マイルCSでも、安田記念でも、タイキシャトルの前では届かなかった。「この馬が世代最強」という感覚は、あの時点からずっと保留になっていた。

フランスでの欧州GI初制覇は素直に嬉しかった。しかしあの勝利も、タイキシャトルが出ないレースで先手を取ったという側面は否めなかった。翌週のタイキシャトルのジャック・ル・マロワ賞制覇を見て、「やはりあちらが上か」という思いが拭えなかったのも正直なところだ。

そしてタイキシャトルの引退レースとなったスプリンターズS——ついに先着した。しかしマイネルラヴに交わされ2着。「タイキシャトルには先着したのに」という複雑な幕切れだった。最後まで不完全燃焼の印象が残る馬だ。それだけに、フランスで輝いた一瞬は余計に眩しく見える。

シーキングザパール この馬を一言で言うなら

  • 日本調教馬として欧州GI初制覇——タイキシャトルの1週前、「誰も知らなかった」歴史的快挙
  • 森秀行師の勝負師的判断——ジャック・ル・マロワ賞をタイキシャトルに譲り、1週前のモーリス・ド・ゲスト賞で先手を取った
  • 外国産馬のクラシック出走権がなかった時代——NHKマイルCで「外国産馬の意地」を見せた
  • 父Mr. Prospector直系×母父米三冠馬Seattle Slew——米国最強スピード血統の結晶
  • 「日本の爆弾娘、GIを獲得」——フランス競馬新聞が称えた快挙が、日本競馬の欧州進出時代の幕を開けた