奇跡の命——母の乳を飲めなかった「22%の馬」

メジロドーベル 基本情報
生年月日1994年5月6日
性別
毛色鹿毛
産地北海道伊達市
生産メジロ牧場
メジロライアン
メジロビューティー
母の父パーソロン
馬主メジロ商事(株)
調教師大久保洋吉(美浦)
主戦騎手吉田豊(全21戦)
通算成績21戦10勝
主な勝ち鞍エリザベス女王杯(GⅠ)×2
秋華賞(GⅠ)
オークス(GⅠ)
阪神3歳牝馬S(GⅠ)
オールカマー(GⅡ)
府中牝馬S(GⅢ)
表彰JRA賞4年連続受賞(史上初)
牝馬GI5勝(当時最多)

1994年5月6日、北海道伊達市のメジロ牧場。メジロドーベルはこの世に生を受けた直後から、困難に直面していた。前年にメジロビューティーが産んだ産駒が黄疸で死亡したため血液検査が行われた結果、母は特殊な血液型を持ち、血液が適合するのは日本の種牡馬のわずか22%であることが判明した。しかも父メジロライアンはその22%に含まれていなかった。

血液型が不適合な場合、母の初乳を飲むと貧血を起こして命の危険がある。しかし馬は初乳から免疫力を得る——この矛盾する状況の中、メジロ牧場のスタッフは同時期に出産を控えていた繁殖牝馬・メジロローラントの乳を与えることで、この危機を乗り越えた。そうして生き延びたこの馬こそ、後に牝馬GIを5勝する「女王」だった。

2歳から女王へ——阪神3歳牝馬S制覇

1996年夏のデビューから、メジロドーベルはいちょうS(牡馬相手)などを連勝し、阪神3歳牝馬Sでシーキングザパールを後方から差し切って重賞初制覇。全レースで吉田豊が騎乗し続けるというこのコンビは、この後引退まで一切変わらなかった。

桜花賞2着からのオークス・秋華賞制覇

3歳となった1997年、チューリップ賞3着で連勝が止まり、桜花賞ではキョウエイマーチに4馬身差の2着に完敗した。しかしオークスでは末脚で雪辱——上がり最速の末脚でキョウエイマーチを逆転し、世代の女王の座を奪い返した。さらに秋華賞では2馬身半差の圧勝を飾り、二冠を達成した。

エアグルーヴとの宿命の対決——4度目でついに先着

3歳秋以降のメジロドーベルには、常にエアグルーヴという巨大な壁が立ちはだかっていた。1997年のエリザベス女王杯では先着を許し、翌1998年の産経大阪杯でも2着——牡馬相手にGIを制した「平成の女帝」エアグルーヴには、なかなか届かなかった。

しかし1998年のエリザベス女王杯で、ついに4度目の対決でメジロドーベルが先着を果たした。内から鮮やかに突き抜けてのGI4勝目——エアグルーヴには同年の天皇賞(秋)の直後というタイミングもあったが、この日のメジロドーベルは完璧だった。そして1999年のエリザベス女王杯も連覇し、GI5勝目を手土産に引退した。

主要戦績(抜粋)
レース着順備考
1996年阪神3歳牝馬SGⅠ1着最優秀2歳牝馬
1997年桜花賞GⅠ2着キョウエイマーチに4馬身差
1997年オークスGⅠ1着末脚で雪辱・上がり最速
1997年オールカマーGⅡ1着古馬牡馬相手に快勝
1997年秋華賞GⅠ1着2馬身半差の圧勝・最優秀3歳牝馬
1997年エリザベス女王杯GⅠ2着エアグルーヴに完敗
1998年産経大阪杯GⅡ2着エアグルーヴに惜敗
1998年府中牝馬SGⅢ1着牝馬重賞は完全連対
1998年エリザベス女王杯GⅠ1着エアグルーヴに4度目で初先着
1999年エリザベス女王杯GⅠ1着連覇・GI5勝目・引退レース

4年連続JRA賞——史上初の偉業

1996年最優秀2歳牝馬、1997年最優秀3歳牝馬・最優秀父内国産馬、1998年最優秀4歳以上牝馬、1999年最優秀4歳以上牝馬——4年連続でJRA賞を受賞したのは史上初の快挙だった。また牝馬GI5勝は2009年まで牝馬の最多勝利記録だった。

牡馬相手のGIでは苦戦が続いたが、牝馬重賞では完全連対(2着以内)という圧倒的な安定感。当時は古馬牝馬GIがエリザベス女王杯のみという環境下で、これだけの実績を残したことはもっと評価されるべきだろう。

血統が語る「メジロ牧場の結晶——ライアン×パーソロン系」

父メジロライアンと、同じくメジロライアン産駒のメジロブライトの記事でも触れた通り、アンバーシャダイ→メジロライアンと連なるノーザンテースト系の長距離適性は、メジロドーベルにも受け継がれた。しかし2000メートル前後の牝馬GIで連勝を重ねたこの馬の特徴は、むしろ母父パーソロンが伝えるマイル〜中距離の機動力だろう。パーソロンはシンボリルドルフ(三冠馬)の父としても知られるアイルランド産の名種牡馬で、1980年代の日本競馬を牽引したリーディングサイアーだ。

メジロ牧場が長年育んできた牝系と、日本競馬を代表する種牡馬の血が組み合わさったメジロドーベルは、まさに「メジロブランドの集大成」といえる一頭だった。

メジロドーベルと近親の活躍馬

  • メジロライアン(父)— 宝塚記念・日本ダービー2着・有馬記念2着
  • メジロブライト(同父・父メジロライアン)— 天皇賞(春)制覇・重賞7勝
  • メジロボサツ(曾祖母・4代母)— 1965年最優秀3歳牝馬
  • シンボリルドルフ(母父パーソロンの代表産駒)— 無敗の三冠馬
  • メジロモントレー(半姉・父モガミ)— 重賞4勝

【筆者の思い出】桜花賞の絶望、オークスの歓喜、有馬記念の絶望——「絶妙な立ち位置」の女王

1997年の牝馬クラシック戦線、私はずっとメジロドーベルを応援していた。

桜花賞はキョウエイマーチに4馬身差の完敗——あの差は正直、絶望的だった。「ドーベルの春はこれで終わりか」と思った。しかしオークスで末脚を爆発させて逆転した瞬間は、それまでの絶望が一気に歓喜に変わった。あのオークスの末脚は、今でも鮮明に覚えている。

秋はオールカマー→秋華賞と連勝で充実の一年——そして迎えた有馬記念。牡馬相手の大舞台に期待を膨らませて臨んだが、結果は惨敗だった。またあの絶望感が戻ってきた。「やはり牡馬相手は難しいのか」という現実を突きつけられた一戦だった。

その後のメジロドーベルは、「牡馬相手には厳しいが、牝馬相手ならば最強クラス」という絶妙な立ち位置を保ち続けた。エアグルーヴという絶対女王がいる中でも、エリザベス女王杯連覇という形でその座を守り切った。応援する側としては、その「絶妙さ」がもどかしくもあり、愛おしくもあった。

引退後は産駒成績には恵まれなかったが、メジロ牧場で牧場の仔馬たちの教育係や祖母代わりとして活躍したというエピソードを聞いた時、この馬らしいと思った。競馬場での女王としての姿と、牧場での穏やかな姿——どちらも本物のメジロドーベルだったのだろう。思い出深い一頭だ。

メジロドーベル この馬を一言で言うなら

  • 生まれた直後に母の乳を飲めなかった「奇跡の命」が、牝馬GI5勝の女王となった
  • 吉田豊が全21戦で手綱を握り続けた、史上稀な「主戦一筋」のコンビ
  • 4年連続JRA賞受賞——史上初の偉業・牝馬GI5勝は当時の最多記録
  • エアグルーヴとの宿命の対決——4度目のエリザベス女王杯でついに先着
  • 牝馬重賞では完全連対という圧倒的な安定感で「女王の座」を守り続けた
  • メジロ牧場最後の輝きを体現した一頭——同じ父メジロライアンを持つメジロブライトとともに父の系譜を受け継ぐ