その馬は、日本競馬の常識を越えるために生まれてきた。
国内で圧倒的な強さを示し、ジャパンカップで世界級の実力を証明。
そして、そこで立ち止まることなく、舞台を欧州へと移した。
異国の芝。
未知の馬場。
世界の強豪たち。
すべてが日本とは違う環境の中で、それでもエルコンドルパサーは前へ進み続けた。
そして迎えた凱旋門賞。
ゴールまであとわずか。
日本競馬が長く夢見てきた頂点は、手の届くところまで迫っていた。
勝てなかった。
それでも、その挑戦は敗北ではなかった。
日本馬が世界の頂点を本気で狙えることを、初めて現実として示した名馬。
エルコンドルパサー
その馬は、日本競馬の常識を越えるように走り続けた。
ダートで始まった競走生活。 芝へ舞台を移しても、その強さはまったく揺らがなかった。
無敗でNHKマイルカップを制覇。 秋にはジャパンカップへ挑み、一線級の古馬を退けて頂点に立つ。
だが、エルコンドルパサーの物語は日本国内だけでは終わらなかった。
翌1999年。 陣営が選んだ舞台は、フランス。
欧州遠征4戦2勝。 サンクルー大賞を制し、フォワ賞も勝利。
そして迎えた1999年10月3日、ロンシャン競馬場。
エルコンドルパサーは凱旋門賞の直線で先頭を走っていた。
最後にモンジューの強襲を受け、 その差はわずか半馬身。
勝利には届かなかった。
だが、日本で走ってきた競走馬が、 世界最高峰の頂へあと一歩まで迫った。
日本競馬史に世界への道を刻んだ黒鹿毛の名馬。
エルコンドルパサー。
基本情報
11戦8勝、2着3回。
競走生活 ― ダートから始まった怪物
デビュー戦の舞台は東京ダート1600m。 的場均を背に勝利し、その競走生活をスタートさせた。
中山ダート1800mを勝利。 デビューから2連勝とした。
降雪の影響によりダート1600mで行われた共同通信杯4歳Sを制覇。 3戦3勝で重賞馬となった。
東京芝1400m。 ここで初めて芝の競走に挑んだ。
それまでダートしか経験していなかったにもかかわらず勝利。 無傷の4連勝となった。
東京芝1600m。 1番人気に応え、5戦5勝で初のGⅠタイトルを手にした。
毎日王冠 ― 初めての敗戦
1998年秋。 エルコンドルパサーは蛯名正義との新コンビで毎日王冠へ向かった。
そこにはサイレンススズカ、グラスワンダーも出走。 後に語り継がれる豪華な一戦となった。
勝ったのは、圧倒的な逃げを見せたサイレンススズカ。
エルコンドルパサーは2着。
デビューから続いた連勝は5で止まったが、 これが生涯初めての敗戦だった。
ジャパンカップ ― 3歳で古馬を撃破
1998年11月29日。 東京競馬場、芝2400m。
エルコンドルパサーにとって初めての2400mだった。
しかし、距離延長は壁にならなかった。
前年の年度代表馬エアグルーヴらを退け、 ジャパンカップを制覇。
その距離適性の広さは、エルコンドルパサーの最大の特徴のひとつだった。
この年、JRA賞最優秀3歳牡馬に選出された。
1999年 ― フランス長期遠征
1999年。 陣営は国内戦を使わず、フランスを拠点とする長期遠征を選択した。
最大目標は凱旋門賞。
イスパーン賞 ― 欧州初戦
遠征初戦となったロンシャンのイスパーン賞は2着。
初めての欧州競馬でも大きく崩れることなく、 世界挑戦への第一歩を踏み出した。
サンクルー大賞 ― 海外GⅠ制覇
1999年7月4日。 サンクルー競馬場、芝2400m。
エルコンドルパサーはタイガーヒルらを退けて勝利。
これがエルコンドルパサーにとって唯一の海外GⅠ勝利となった。
フォワ賞 ― 凱旋門賞への前哨戦
9月のフォワ賞も勝利。
欧州芝2400mで連勝し、 凱旋門賞へ最高の形で向かうことになった。
1999年 凱旋門賞 ― あと半馬身
1999年10月3日。 ロンシャン競馬場。
馬場は不良。
蛯名正義とエルコンドルパサーは積極的に前へ出た。
直線。
エルコンドルパサーは依然として先頭。
その後方から追い込んできたのがモンジューだった。
ゴール直前まで抵抗したエルコンドルパサーだったが、 最後はモンジューに交わされた。
2着 エルコンドルパサー
着差――半馬身。
世界最高峰のタイトルには届かなかった。
それでも、日本調教馬が凱旋門賞の直線で先頭に立ち、 勝利目前まで迫った事実は大きかった。
1999年 年度代表馬
1999年、エルコンドルパサーは日本国内のレースには出走していない。
それでも、サンクルー大賞制覇と凱旋門賞2着という実績が高く評価され、 JRA年度代表馬に選出された。
同時に最優秀4歳以上牡馬も受賞。
前年の最優秀3歳牡馬に続き、 2年連続でJRA賞のタイトルを手にした。
主なタイトル
- NHKマイルカップ GⅠ ― 1998年
- ジャパンカップ GⅠ ― 1998年
- サンクルー大賞 G1 ― 1999年
- NZトロフィー4歳S GⅡ ― 1998年
- フォワ賞 G2 ― 1999年
- 共同通信杯4歳S GⅢ ― 1998年
JRA表彰
- 1998年 最優秀3歳牡馬
- 1999年 年度代表馬
- 1999年 最優秀4歳以上牡馬
- 2014年 顕彰馬選出
全競走成績
| 日付 | 競馬場 | レース | 格 | 距離 | 着順 | 騎手 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1997.11.8 | 東京 | 3歳新馬 | ― | ダ1600m | 1着 | 的場均 |
| 1998.1.11 | 中山 | 4歳500万下 | ― | ダ1800m | 1着 | 的場均 |
| 1998.2.15 | 東京 | 共同通信杯4歳S | GⅢ | ダ1600m | 1着 | 的場均 |
| 1998.4.26 | 東京 | NZトロフィー4歳S | GⅡ | 芝1400m | 1着 | 的場均 |
| 1998.5.17 | 東京 | NHKマイルC | GⅠ | 芝1600m | 1着 | 的場均 |
| 1998.10.11 | 東京 | 毎日王冠 | GⅡ | 芝1800m | 2着 | 蛯名正義 |
| 1998.11.29 | 東京 | ジャパンカップ | GⅠ | 芝2400m | 1着 | 蛯名正義 |
| 1999.5.23 | ロンシャン | イスパーン賞 | G1 | 芝1850m | 2着 | 蛯名正義 |
| 1999.7.4 | サンクルー | サンクルー大賞 | G1 | 芝2400m | 1着 | 蛯名正義 |
| 1999.9.12 | ロンシャン | フォワ賞 | G2 | 芝2400m | 1着 | 蛯名正義 |
| 1999.10.3 | ロンシャン | 凱旋門賞 | G1 | 芝2400m | 2着 | 蛯名正義 |
5代血統表
エルコンドルパサーの強さを考えるうえで、 競走成績と同じくらい興味深いのがその血統です。
父Kingmamboからは米国的なスピードとパワー。 母系にはSadler’s Wellsを通じた欧州芝血統。 さらにSeattle Slewまで入る、非常に豪華な構成です。
| エルコンドルパサー 1995 USA | Kingmambo 1990 USA | Mr. Prospector 1970 USA | Raise a Native 1961 USA | Native Dancer 1950 USA | Polynesian 1942 USA |
| Geisha 1943 USA | |||||
| Raise You 1946 USA | Case Ace 1934 USA | ||||
| Lady Glory 1934 USA | |||||
| Gold Digger 1962 USA | Nashua 1952 USA | Nasrullah 1940 GB | |||
| Segula 1942 USA | |||||
| Sequence 1946 USA | Count Fleet 1940 USA | ||||
| Miss Dogwood 1939 USA | |||||
| Miesque 1984 USA | Nureyev 1977 USA | Northern Dancer 1961 CAN | Nearctic 1954 CAN | ||
| Natalma 1957 USA | |||||
| Special 1969 USA | Forli 1963 ARG | ||||
| Thong 1964 USA | |||||
| Pasadoble 1979 USA | Prove Out 1969 USA | Graustark 1963 USA | |||
| Equal Venture 1953 USA | |||||
| Santa Quilla 1970 FR | Sanctus 1960 FR | ||||
| Neriad 1964 USA | |||||
| Saddlers Gal 1989 IRE | Sadler’s Wells 1981 USA | Northern Dancer 1961 CAN | Nearctic 1954 CAN | Nearco 1935 ITY | |
| Lady Angela 1944 GB | |||||
| Natalma 1957 USA | Native Dancer 1950 USA | ||||
| Almahmoud 1947 USA | |||||
| Fairy Bridge 1975 USA | Bold Reason 1968 USA | Hail to Reason 1958 USA | |||
| Lalun 1952 USA | |||||
| Special 1969 USA | Forli 1963 ARG | ||||
| Thong 1964 USA | |||||
| Glenveagh 1986 USA | Seattle Slew 1974 USA | Bold Reasoning 1968 USA | Boldnesian 1963 USA | ||
| Reason to Earn 1963 USA | |||||
| My Charmer 1969 USA | Poker 1963 USA | ||||
| Fair Charmer 1959 USA | |||||
| Lisadell 1971 USA | Forli 1963 ARG | Aristophanes 1948 GB | |||
| Trevisa 1951 ARG | |||||
| Thong 1964 USA | Nantallah 1953 USA | ||||
| Rough Shod 1944 GB |
血統考察 ― 世界を走るための血
父KingmamboはMr. Prospector直仔。
母Miesqueは、Nureyevを父に持つ世界的名牝。
一方、母Saddlers Galの父はSadler’s Wells。 欧州競馬史に巨大な影響を与えた大種牡馬です。
さらに母母Glenveaghの父には、 米国三冠馬Seattle Slew。
米国的なスピードとパワー。 欧州的な芝適性と持続力。
世界の競馬を代表する血が、 エルコンドルパサーの中で融合しています。
Northern Dancerのクロス
Northern Dancerは、 母父Sadler’s Wellsの父として母方3代目に存在します。
一方、父Kingmamboの母Miesqueの父Nureyevを経由して、 父方4代目にも現れます。
したがって、 父方4代×母方3代のNorthern Dancerクロスが成立します。
Special 4×4
この血統でさらに注目したいのが名牝Specialです。
父方ではNureyevの母。
母方ではSadler’s Wellsの母Fairy Bridgeの母。
そのため、 Special 4×4が成立しています。
SpecialとLisadell
さらに興味深いのが母系に入るLisadellです。
SpecialとLisadellは、 ともにForli × Thongから生まれた全姉妹。
つまりエルコンドルパサーの血統では、 Specialそのものが2度重なるだけでなく、 Lisadellを通じても同じForliとThongの血が再び入っています。
- Northern Dancer ― 父方4代 × 母方3代
- Special ― 4×4
- Native Dancer ― 父方4代 × 母方5代
- Forli ― 複数箇所
- Thong ― 複数箇所
マイルGⅠを勝てるスピードを持ちながら、 2400mのジャパンカップ、サンクルー大賞でも頂点に立ち、 凱旋門賞でも2着。
その万能性を血統だけですべて説明することはできません。
しかし、米国と欧州の名血を大胆に組み合わせ、 さらにNorthern DancerやSpecial周辺の血を重ねた配合は、 エルコンドルパサーという競走馬を考えるうえで 極めて魅力的な血統構成です。
短くも濃密だった種牡馬生活
現役引退後、エルコンドルパサーは種牡馬入りしました。
しかし、種牡馬として残せた世代はわずか3世代。
それでも、その中から多くの実力馬が誕生しました。
フェブラリーS、ジャパンカップダートなどを制覇。 日本ダート界を代表する名馬となったエルコンドルパサーの代表産駒。
2006年菊花賞を制覇。 芝3000mのクラシックを勝ち、 父譲りの距離適性の広さを示した。
2006年ジャパンカップダートを制覇。 ダートの大舞台で父の名を高めた。
競走馬としてだけではなく、 種牡馬としても大きな可能性を示したエルコンドルパサー。
もし、さらに長く種牡馬生活を送っていたなら。
現在の日本競馬の血統地図は、 少し違ったものになっていたかもしれません。
母父として受け継がれた血
エルコンドルパサーの血は、 父系だけでなく母父としても受け継がれました。
マリアライトやクリソライト、クリソベリルなど、 後世の名馬たちにもその名を見ることができます。
現役時代に世界へ挑んだその血は、 次の世代、さらにその次の世代へと残っていきました。
黒き翼が刻んだもの
エルコンドルパサーは、 ただ強い競走馬だったのではありません。
日本競馬の視線を、 国内から世界へ向けた馬でした。
1999年10月3日。
ロンシャンの直線。
世界最高峰の凱旋門賞で、 日本からやってきた黒鹿毛の馬が先頭を走っていた。
あと少し。
あと半馬身。
その半馬身は、 当時の日本競馬にとって遠く、そして近い距離でした。
勝利には届かなかった。
それでも世界最高峰に手を伸ばし、 あとわずかなところまで迫った事実は残りました。
日本競馬の歴史の中で、 世界という舞台を強烈に意識させた一頭。
エルコンドルパサー。
黒き翼がロンシャンに残した軌跡は、 今も日本競馬史の中を飛び続けています。


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