「劣等生」からの出発——6番人気最下位でデビュー

メジロブライト 基本情報
生年月日1994年4月19日
性別
毛色鹿毛
産地北海道伊達市
生産メジロ牧場
メジロライアン
レールデュタン
母の父マルゼンスキー
馬主(有)メジロ牧場
調教師浅見秀一(美浦)
主戦騎手松永幹夫(3歳時)
河内洋(ステイヤーズS以降)
通算成績25戦8勝
主な勝ち鞍天皇賞・春(GⅠ)
阪神大賞典(GⅡ)×2
AJCC(GⅡ)
ステイヤーズS(GⅡ)
共同通信杯4歳S(GⅢ)
日経新春杯(GⅡ)
表彰1998年JRA賞最優秀父内国産馬
死亡2004年5月16日(10歳・心臓発作)

1994年4月19日、北海道伊達市のメジロ牧場でひとつの命が生まれた。父メジロライアン、母レールデュタン(父マルゼンスキー)——純国産の血統を持つ鹿毛の牡馬だ。しかし生まれたばかりのメジロブライトは、平均体重55キログラムのところ49キログラムしかない小柄な馬だった。牧場スタッフが評価したのは「元気の良さだけ」だったという。

1996年8月、函館競馬場での新馬戦デビュー。出走6頭の中で最下位人気(単勝58.9倍)という評価だった。しかしレースでは末脚を伸ばして快勝——「メジロは終わった」とまで言われていた不調期の牧場に、ひとつの光明をもたらした。

その後ラジオたんぱ杯3歳Sを制し、年明けの共同通信杯4歳Sも連勝。クラシックの有力候補に名乗りを挙げた。松永幹夫を主戦に迎えて挑んだクラシック3戦は皐月賞4着・ダービー3着・菊花賞3着と全て惜敗——「勝てそうで勝てない」というもどかしさが漂い始めた。

ステイヤーズS大差勝ち——河内洋との出会いが覚醒を呼ぶ

3歳シーズンは松永幹夫が主戦を務めたが、クラシック3戦はいずれも惜敗続きだった。転機は3歳暮れのステイヤーズステークス(GII・長距離3600m)——ここで鞍上が河内洋に乗り替わった。

河内はメジロブライトの長距離適性を見抜き、馬の気分を尊重した騎乗で末脚を引き出した。結果は後続に大差をつける圧勝劇。「この馬は長距離に向いている」という確信が生まれただけでなく、「河内洋という騎手との相性」こそがこの馬の才能を解き放つ鍵だったのかもしれない。以降、河内が手綱を握るたびにメジロブライトは別馬のように力強くなっていった。

翌1998年、AJCCを制すると、阪神大賞典ではあの有馬記念馬シルクジャスティスを差し切る完勝。勢いそのままに挑んだ天皇賞(春)では、2番人気に支持された。

1998年 天皇賞(春)——2馬身差の圧勝

メジロ牧場、マックイーン以来の天皇賞制覇

京都芝3200メートル、5番枠からスタートしたメジロブライトは、いつもよりやや前の5〜6番手を追走。4コーナーを回ると外から満を持して動き出した河内洋の手が動く。直線では大外から豪快に突き抜け、後続を2馬身引き離してゴールへ飛び込んだ。

2着はステイゴールド——後に「シルバーコレクター」と呼ばれる名馬を後方に従えての堂々たる勝利だった。天皇賞(春)という舞台に絶対的な強さを誇ったメジロ牧場にとって、メジロマックイーンの1993年以来の天皇賞制覇。そしてこれが、メジロ牧場にとって結果的に最後の天皇賞勝利となった。

主要戦績(抜粋)
レース着順備考
1996年ラジオたんぱ杯3歳SGⅢ1着重賞初制覇
1997年共同通信杯4歳SGⅢ1着重賞連勝
1997年皐月賞GⅠ4着サニーブライアンに完敗
1997年日本ダービーGⅠ3着サニーブライアン・シルクジャスティスに次ぐ
1997年菊花賞GⅠ3着マチカネフクキタルに屈す
1997年ステイヤーズSGⅡ1着大差勝ち・本格化の始まり
1998年AJCCGⅡ1着重賞4連勝の口火
1998年阪神大賞典GⅡ1着シルクジャスティスを完封
1998年天皇賞(春)GⅠ1着2番人気・2馬身差・ステイゴールド2着
1998年有馬記念GⅠ2着グラスワンダーの末脚に屈す
1999年日経新春杯GⅡ1着重賞7勝目・トップハンデ
1999年天皇賞(春)GⅠ2着スペシャルウィークに惜敗

天皇賞後の不運——天秋11着、有馬2着

天皇賞(春)制覇後、続く宝塚記念はゲートの中で立ち上がり大外発走となった上に4コーナーで不利を受け大敗。秋の天皇賞では、あのサイレンススズカが故障で倒れた瞬間の混乱の煽りを受けて大きく外に振られ11着という惨敗だった。運が向かない。

そして有馬記念。「今度こそ」と臨んだが、骨折明けのグラスワンダーが他を圧倒する末脚で圧勝し、メジロブライトは2着に終わった。翌1999年も日経新春杯を制するが、阪神大賞典2着・天皇賞(春)2着と連続2着——その天皇賞も勝ったのはスペシャルウィークだった。「あと一歩」が最後まで続いた。

血統が語る「ノーザンテースト系の純国産ステイヤー」

メジロブライトの血統の最大の特徴は、父メジロライアン・父父アンバーシャダイ・父父父ノーザンテースト(カナダ産)と連続するステイヤーの系譜だ。ノーザンテーストはカナダ生まれの外国産馬ながら、日本のリーディングサイアーを11年連続で獲得するほど日本競馬に根付いた種牡馬。そのスタミナと根性が、メジロライアン→アンバーシャダイ→メジロブライトと受け継がれ、3200メートルの天皇賞(春)での2馬身差圧勝という形で結実した。

一方母父マルゼンスキー(父ニジンスキー)は日本産の国産馬で、ロイヤルタッチ・ウイニングチケットと同じくニジンスキー系のスタミナを持つ。父系はカナダ→日本→日本→日本という国際的な血の流れを持ちながら、母父に国産馬マルゼンスキーを置くこの配合は、日本競馬が長年かけて育ててきた血統の結晶とも言える。サンデーサイレンス旋風が吹き荒れる1990年代の日本競馬において、国内で育んだ血統でGIを制したこの馬の存在は、日本競馬の底力を示すものでもあった。

メジロブライトと近親の活躍馬

  • メジロライアン(父)— 宝塚記念・日本ダービー2着・有馬記念2着
  • アンバーシャダイ(父父)— 有馬記念・天皇賞(春)制覇
  • メジロベイリー(半弟・父サンデーサイレンス)— 朝日杯3歳S制覇
  • マキハタサイボーグ(産駒)— ステイヤーズS優勝(親子制覇)

【筆者の思い出】クラシックの悔しさから天皇賞の痛快へ——「競馬はブラッドスポーツ」を教えてくれた馬

1997年のクラシック戦線、私はずっとメジロブライトを応援していた。皐月賞4着・ダービー3着・菊花賞3着——毎回惜しい。毎回届かない。応援しているだけに、その悔しさは格別だった。「なぜこの馬が勝てないんだ」という思いが積み重なっていった。

そのもどかしさが、暮れのステイヤーズSで一気に爆発した。河内洋に乗り替わり、3600メートルを大差で圧勝——あの快勝劇は、それまでの鬱憤が全て晴れるような痛快さだった。「この馬はここからだ」という確信が生まれた瞬間だった。

そして極めつけは1998年の天皇賞(春)だ。前年はマヤノトップガンの天皇賞(春)を歓喜とともに見届け、今年はメジロブライトが2馬身差の圧勝——天皇賞(春)というレースが、私にとって相性のいいレースになっていった。河内洋が大外から豪快に抜け出したあの瞬間の気持ちよさは、今でも覚えている。

その後のブライトは、1つ下の最強世代——スペシャルウィーク・グラスワンダー・エルコンドルパサーらに押されて、次第に影が薄くなってしまった。それも悔しかったが、この馬が私に残したものは大きい。

父メジロライアンも「勝てそうで勝てない」馬だった。そしてその息子も同じもどかしさを抱えながら、やがて長距離の天皇賞を制した。この親子の物語を見ていた時、「競馬はブラッドスポーツだ」という認識が私の中でくっきりと確立した。血が受け継がれ、性格が似て、適性が遺伝する——そういう競馬の深さを教えてくれた、非常に影響力のある一頭だった。

メジロブライト この馬を一言で言うなら

  • デビュー6番人気(単勝58.9倍)の「劣等生」から天皇賞(春)制覇へ——長い道のりの末の頂点
  • クラシック3戦4・3・3着という「勝てそうで勝てない」もどかしさの連続
  • ステイヤーズS大差勝ちで本格化——阪神大賞典・AJCC・天皇賞(春)と重賞4連勝
  • メジロ牧場にとってマックイーン以来・最後の天皇賞制覇という歴史的意義
  • 父・父父・父父父と連なるノーザンテースト系の長距離適性——カナダから日本へと受け継がれたスタミナ血統の結実
  • 10歳での突然の心臓発作——ノーザンテースト系の系譜は三代で途絶えた