グラスワンダー

優駿達

その才能は、デビューした瞬間から“特別”だった。

2歳王者として圧倒的な強さを見せ、将来を嘱望されながらも、順風満帆とはいかない競走生活。
故障、長期休養、復帰後の苦戦。
それでも、グラスワンダーは何度でも立ち上がった。

そして迎えた有馬記念。
宝塚記念。
再び有馬記念。

大舞台で見せた勝負強さと、直線で相手をねじ伏せる底力。
とりわけスペシャルウィークとの激闘は、90年代競馬を象徴する名勝負として今なお語り継がれている。

華やかなスピードだけではない。
苦境を越えたからこそ宿った強さ。
そして、ここ一番で必ず応える“怪物”の風格。

グラスワンダー | 優駿達の血統譜
1990年代名馬列伝

グラスワンダー

GRASS WONDER
怪物と呼ばれた異邦人 ― ロベルトの血が刻んだ伝説
15戦9勝生涯戦績
GⅠ×4うちGⅠ制覇
3連覇有馬記念
世紀の決戦対スペシャルウィーク

基本情報

グラスワンダー 基本データ
生年月日1995年2月7日
毛色・性別栗毛・牡
父シルバーホーク(Silver Hawk)
母アメリフローラ(Ameriflora)
母の父ダンジグ(Danzig)
生産者Timber Bay Farm(米国)
馬主半沢
調教師尾形充弘(美浦)
主戦騎手的場均(全14戦)・蛯名正義(宝塚記念2000年のみ)
生涯戦績15戦9勝(国内)
獲得賞金約14億9000万円
GⅠ勝利朝日杯3歳S(1997)・有馬記念(1998・1999)・宝塚記念(1999)

その馬が日本に来たとき、誰もが感じた。これは、ただの外国産馬ではないと。

父はロベルト系の名種牡馬シルバーホーク。母はダンジグの血を持つアメリフローラ。米国で生まれ、日本の競馬界に乗り込んできた栗毛の怪物は、鮮烈なデビューから一気に「最強世代」の頂点へと駆け上った。

しかし、その歩みは決して平坦ではなかった。骨折による長期休養、ライバルたちの台頭、そして幾度もの「最強論争」。それでもグラスワンダーは、有馬記念という大舞台で、その真価を示し続けた。

生涯年表

1995年
2月7日、米国Timber Bay Farmにて誕生。父Silver Hawk、母Ameriflora(母父Danzig)。
1997年11月
東京競馬場でデビュー。初戦を圧勝し、一躍注目を集める。3戦全勝で朝日杯3歳ステークスに駒を進める。
1997年12月
朝日杯3歳ステークス(GⅠ)優勝。3馬身差の圧勝で「怪物」の称号を得る。2歳王者に輝く。
1998年
右前脚の故障が発覚し、長期休養に入る。外国産馬のためクラシック出走資格はなかったが、春の出走計画は白紙となった。
1998年10〜11月
復帰戦の毎日王冠(GⅡ)で5着、続くアルゼンチン共和国杯(GⅡ)でも6着。休養明けの調整不足もあり苦しいレースが続く。
1998年12月
有馬記念(GⅠ)優勝。毎日王冠・アルゼンチン共和国杯と結果が出ない中、有馬記念で復活V。ロベルト系の底力を中山の急坂で証明した。
1999年5〜6月
京王杯スプリングC(GⅡ)優勝。安田記念(GⅠ)は2着。
1999年7月
宝塚記念(GⅠ)優勝。スペシャルウィークを再び下し、上半期グランプリ王者の座を確かなものにする。
1999年12月
有馬記念(GⅠ)連覇。スペシャルウィーク・テイエムオペラオーを抑え、2年連続有馬記念制覇。「世紀の決戦」に勝利した名勝負として語り継がれる。
2000年
日経賞(6着)・京王杯スプリングC(9着)と精彩を欠く。最終戦の宝塚記念(GⅠ)は鞍上を蛯名正義に替えて臨むも6着。これが現役最後のレースとなり引退。
2001年〜
社台スタリオンステーションにて種牡馬入り。スクリーンヒーロー(2007年ジャパンカップ)などを輩出。

デビューと「怪物」の誕生

1997年11月、東京競馬場。グラスワンダーはそのデビュー戦から別次元の強さを見せつけた。大外から豪快に差し切る走りは、観衆を圧倒した。続く2戦も圧勝し、向かった先は2歳最強を決める朝日杯3歳ステークス。

▶ エピソード:朝日杯3歳S(1997年)
3馬身差の圧勝。「これほどの馬はめったに出ない」と的場均騎手が語ったほどの完璧なレース内容。しかもそのパフォーマンスは、鞍上が抑えながらの余裕の勝利だった。デビューから3戦全勝、2歳チャンピオンの誕生である。

この時点でグラスワンダーは「世代最強」の呼び声が高く、翌年のクラシック路線での活躍が期待されていた。しかし、運命は残酷だった。

骨折と試練の日々

1998年、朝日杯圧勝から間もなく右前脚の故障が発覚し、長期休養を余儀なくされた。当時の外国産馬はクラシック(皐月賞・日本ダービー)への出走資格自体がなかったため、もともとクラシック路線は対象外だったが、予定していた春の出走計画は白紙となった。

▶ 試練の1年
外国産馬だったグラスワンダーにはそもそもクラシック出走資格がなく、同世代のセイウンスカイが皐月賞を、スペシャルウィークが日本ダービーを制するのを、ファンはただ見守るしかなかった。そして「もし同じ舞台で戦ったら」という想像は、ライバル関係への期待をいっそう高めていった。

半年以上の休養を経て、グラスワンダーが帰ってきたのは秋。毎日王冠(GⅡ)では、後に「世紀のレース」と称される名勝負が待っていた。

宿命のライバル ― スペシャルウィークとの闘い

主なライバル

スペシャルウィーク
1998年日本ダービー馬。有馬・宝塚・有馬と三度ぶつかった最大のライバル。
エルコンドルパサー
毎日王冠での対決。欧州遠征で世界へ挑んだもう一頭の英雄。
サイレンススズカ
毎日王冠で先頭を快走。天覧競馬の悲劇の主役。
テイエムオペラオー
1999・2000年有馬記念で激突。グランドスラムを達成した世紀の名馬。

1998年有馬記念 ― 最初の決戦

骨折休養明けから毎日王冠5着・アルゼンチン共和国杯6着と結果が出なかったグラスワンダーにとって、有馬記念は正真正銘の「復活をかけた一戦」だった。スペシャルウィークは不出走だったが、実力馬が揃った一戦でグラスワンダーは見事な勝利を収め、復活を高らかに証明した。

GⅠ1998年 有馬記念(中山・芝2500m)
1着:グラスワンダー(的場均)
骨折休養明けからの逆境を乗り越えた復活V。ロベルト系の底力を中山の急坂で証明した。

1999年宝塚記念 ― 春の頂点

年が明けて1999年。グラスワンダーは京王杯スプリングC(GⅡ)を制し、安田記念(GⅠ)で2着を経て宝塚記念に臨んだ。ここでも最大の相手はスペシャルウィーク。

GⅠ1999年 宝塚記念(阪神・芝2200m・7月)
1着:グラスワンダー(的場均)/ 2着:スペシャルウィーク
夏のグランプリも制覇。「秋はスペシャルウィークに雪辱の機会を」という声が高まる。

1999年有馬記念 ― 伝説の決戦

「世紀末最強馬決定戦」。1999年有馬記念はそう呼ばれた。グラスワンダーvsスペシャルウィーク、そして当時急台頭していたテイエムオペラオーも加わり、中山競馬場は歴史的な熱気に包まれた。

「あの直線、グラスとスペシャルが並んで叩き合っている姿は、本当に鳥肌が立った。ああいうレースを見るために競馬ファンをやってるんだと思った。」 ― 当時の競馬ファンの声(競馬専門誌より)
GⅠ1999年 有馬記念(中山・芝2500m)
1着:グラスワンダー(的場均)/ 2着:スペシャルウィーク / 3着:テイエムオペラオー
ハナ差の激戦を制し、有馬記念2連覇。日本競馬史上屈指の名勝負として永遠に語り継がれる。
GⅠ × 4
朝日杯3歳S(1997)・有馬記念(1998・1999)・宝塚記念(1999)

主要レース成績

年月 レース名 格 コース 着順 騎手 備考
1997.9 3歳新馬 — — 1着 的場均 デビュー戦
1997.10 アイビーS OP — 1着 的場均
1997.11 京成杯3歳S GⅡ — 1着 的場均
1997.12 朝日杯3歳S GⅠ 中山・芝1600m 1着 的場均 圧勝・2歳王者
1998.10 毎日王冠 GⅡ 東京・芝1800m 5着 的場均 骨折休養明け復帰戦
1998.11 アルゼンチン共和国杯 GⅡ 東京・芝2500m 6着 的場均
1998.12 有馬記念 GⅠ 中山・芝2500m 1着 的場均 復活の勝利
1999.5 京王杯スプリングC GⅡ 東京・芝1400m 1着 的場均
1999.6 安田記念 GⅠ 東京・芝1600m 2着 的場均
1999.7 宝塚記念 GⅠ 阪神・芝2200m 1着 的場均 vs スペシャルウィーク
1999.10 毎日王冠 GⅡ 東京・芝1800m 1着 的場均
1999.12 有馬記念 GⅠ 中山・芝2500m 1着 的場均 ハナ差・世紀の決戦
2000.3 日経賞 GⅡ 中山・芝2500m 6着 的場均
2000.5 京王杯スプリングC GⅡ 東京・芝1400m 9着 的場均
2000.6 宝塚記念 GⅠ 阪神・芝2200m 6着 蛯名正義 引退レース

血統分析 — Bloodline Analysis

5代血統表

グラスワンダー
栗毛 1995
米国生
Silver Hawk鹿毛 1979 米
Roberto鹿毛 1969 米
Hail to Reason黒鹿毛 1958
Turn-to鹿毛 1951
Nothirdchance黒鹿毛 1948
Bramalea黒鹿毛 1959
Nashua鹿毛 1952
Rarelea鹿毛 1949
Gris Vitesse芦毛 1966
Amerigo栗毛 1955
Nearco黒鹿毛 1935
Sanlinea栗毛 1947
Matchiche芦毛 1956
Mat de Cocagne黒鹿毛 1948
Chimere Fabuleuse芦毛 1951
Ameriflora鹿毛 1989 米
Danzig黒鹿毛 1977 米
Northern Dancer鹿毛 1961 加
Nearctic黒鹿毛 1954
Natalma鹿毛 1957
Pas de Nom黒鹿毛 1968
Admiral’s Voyage鹿毛 1959
Petitioner鹿毛 1952
Graceful Touch鹿毛 1978 米
His Majesty鹿毛 1968
Ribot鹿毛 1952
Flower Bowl鹿毛 1952
Pi Phi Gal鹿毛 1973
Raise a Native栗毛 1961
Soaring栗毛 1960
父系(シルバーホーク系) 母系(アメリフローラ系)

※血統情報は公式記録に基づく。

父:Silver Hawk(シルバーホーク)とロベルト系

グラスワンダーの父シルバーホークは、Hail to Reason→Roberto→Silver Hawkと続くロベルト系の名種牡馬。Robertoは1972年英ダービー馬で、強靱なスタミナと勝負根性を伝える系統として世界中で重用されてきた。

ロベルト系の特徴は「底力」と「コース適性の広さ」。平坦コースよりも、坂があり最後の踏ん張りを問われるコースで真価を発揮しやすい。中山競馬場の急坂を要する有馬記念でグラスワンダーが3度出走して2勝2着1回という成績を残したことは、まさにロベルト系の適性を体現していると言えよう。

シルバーホーク産駒としては、グラスワンダーのほかにBallada(欧州)なども知られるが、日本においてはグラスワンダーが最大の産駒と言っても過言ではない。

母父:Danzig(ダンジグ)の影響

母アメリフローラの父はDanzig(Northern Dancer系)。Danzigは短距離・マイルの名種牡馬として知られ、その血は俊敏なスピードを伝える。グラスワンダーが朝日杯(マイル)での圧倒的な強さを見せた背景には、このDanzigのスピードが機能したと考えられる。

Roberto系(スタミナ・底力)×Danzig(スピード)という配合は、距離の融通が利く万能型を生む。グラスワンダーがマイル(朝日杯)から中距離(宝塚記念・2200m)・長距離(有馬記念・2500m)まで対応できたのは、この「スピードとスタミナの絶妙なバランス」によるものだ。

クロス分析

血統表の中で注目すべきは、父Roberto系を通じたNearco(5×5)の継続と、Northern Dancer(母父Danzigを通じ)の影響。特にHail to Reason(Roberto父)とNearcoは、欧州血統の粘り強さと頑強さをもたらす系統として、グラスワンダーの「タフさ」に寄与していると見られる。

また、母母父His Majestyの父はRibotという欧州最強馬の流れを汲む。Ribot系のタフネスと、Buckpasser(母母母父)のスピード持続力も、底に流れる血として見逃せない。

種牡馬としてのグラスワンダー

2001年から社台スタリオンステーションで種牡馬入りしたグラスワンダー。父Silver Hawkを通じたロベルト系種牡馬として、産駒には底力と勝負根性を伝えた。

スクリーンヒーロー
GⅠ 2007年ジャパンカップ
グラスワンダーの最高傑作。後にモーリス・ゴールドアクターなどロベルト系の正統後継を輩出した。
グラスポジション
地方競馬で活躍。産駒全体的に晩成型が多く、3〜4歳以降に本格化するタイプが多い。
スクリーンヒーローを通じて
モーリス(GⅠ×6)・ゴールドアクター(有馬記念)など、孫の世代でロベルト系が日本競馬を席巻。

スクリーンヒーローを通じたグラスワンダー系(ロベルト系)は、2010年代以降の日本競馬において存在感を高め続けている。直接の種牡馬成績よりも、孫・曾孫の世代でその血の価値が証明されたと言えよう。

血統考察

「ロベルト系の真骨頂」

グラスワンダーを語るとき、真っ先に思い浮かぶのは中山競馬場の急坂だ。ロベルト系の馬たちは、平坦で流れるスピード勝負よりも、瞬発力だけでは届かない「底力勝負」の局面で本領を発揮する。有馬記念という舞台は、その意味でグラスワンダーにとって最高の舞台だった。

父Silver Hawkを通じたRoberto、そしてHail to Reasonのライン。この系統が持つ「決して折れない根性」こそが、1999年有馬記念でスペシャルウィークとの死闘を制した源泉だろう。ニックネームの「怪物」は、その圧倒的な強さと同時に、誰も折れさせられなかった勝負根性への称号でもある。

そしてスクリーンヒーロー、その産駒モーリス・ゴールドアクターへと続く血のリレー。グラスワンダーの血は今も日本の競馬場を駆け続けている。

グラスワンダー ― 栗毛の怪物が残したもの

骨折という試練を乗り越え、有馬記念を2年連続で制覇したグラスワンダー。スペシャルウィークとのライバル関係は「1990年代後半の競馬」そのものを体現していた。

Roberto系の底力と、Danzigのスピード。この絶妙な血の調合が、マイルから2500mまでをカバーする万能チャンピオンを生んだ。そしてその血はスクリーンヒーロー、モーリス、ゴールドアクターへと脈々と受け継がれ、ロベルト系の旗手として日本競馬の血統図に確かな足跡を残している。

「怪物」と呼ばれたあの栗毛の馬が、今も中山の急坂を駆け上がる姿は、競馬史に永遠に刻まれた名場面である。

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