「ナリタタイセイの全妹」——天羽牧場の執念の配合

ファイトガリバー 基本情報
生年月日1993年3月17日
性別
毛色鹿毛
産地北海道門別町
生産天羽牧場
ダイナガリバー
ビューティマリヤ
母の父トライバルチーフ
馬主品川昇
調教師中尾謙太郎(栗東)
主戦騎手田原成貴(桜花賞・オークス)
武豊(桃花賞)
通算成績12戦3勝
主な勝ち鞍桜花賞(GⅠ)
死亡2019年9月10日(26歳)

北海道門別町の天羽牧場——大きくはないが情熱あふれるこの生産牧場に、1993年3月17日、一頭の鹿毛の牝馬が生まれた。父はダイナガリバー、母はビューティマリヤ。この配合には、牧場主・天羽の深い思いが込められていた。

ビューティマリヤの5番仔として生まれた全兄ナリタタイセイは、1992年の日本ダービーで2番人気に推されるほどの実力馬だったが、クラシック制覇には届かなかった。天羽はその悔しさを胸に、ナリタタイセイ誕生に使ったのと同じ配合——母ビューティマリヤ×父ダイナガリバーをもう一度試みた。その8番仔として生まれたのがファイトガリバーだ。

ダイナガリバーは、父ノーザンテーストを持つ日本産のダービー馬(1983年)。「ダービー馬の娘」という血統的な誇りを背負って、この鹿毛の牝馬は競馬場へと向かった。

デビューから桜花賞へ——長い道のりの末に

1995年10月15日、京都のダート1200メートル新馬戦でデビュー。田原成貴を背に2番人気で勝利した。しかし翌年1月の紅梅賞(芝1200m)では1番人気ながらリトルオードリーの2着、2月の桃花賞(500万下)は武豊への乗り替わりで勝利、アネモネSは田原が戻って1番人気ながら3着——と、波のある競馬が続いた。

この時点での桜花賞出走は、賞金面でもギリギリの状況だった。重賞勝ちのない1勝馬が桜花賞に出走できたのは、上位馬の出走回避が相次いだためでもあった。

1996年 桜花賞——「エアグルーヴが来なかった日」の奇跡

10番人気・単勝11230円の大波乱

この桜花賞最大の話題は、圧倒的1番人気候補だったエアグルーヴが直前の熱発で出走を回避したことだった。「エアグルーヴさえいなければ」という馬が多数ひしめく大混戦となり、1番人気はリトルオードリー(前年2歳女王)、2番人気はビワハイジという構図に。ファイトガリバーは10番人気という低評価だった。

レースはほぼ平均ペース。最後方からじわじわと進出したファイトガリバーは、3〜4コーナーでインを突いてイブキパーシヴの背後へ。直線で外に出すと末脚を爆発させ、先に抜け出していたイブキパーシヴを半馬身差でねじ伏せた。単勝11230円の大波乱——ワンダーパヒューム(1995年)に続き、田原成貴が2年連続桜花賞制覇を果たした瞬間だった。

勝ちタイム1分34秒4は当時の桜花賞レコード(前年のワンダーパヒュームと同タイム)。田原にとっては1984年ダイアナソロン、1987年マックスビューティ、1995年ワンダーパヒュームに続く桜花賞4勝目。そして調教師の中尾謙太郎にとっては、厩舎開業22年目での悲願のGI初優勝だった。

「ファイトガリバーはミホノブルボンが勝ったダービーで2番人気(7着)になったナリタタイセイの全妹なんです。ナリタタイセイが活躍してくれたのでもう1度ダイナガリバーを配合しました。無念を晴らしてくれたみたいで嬉しかったです」 — 天羽牧場主、桜花賞制覇後のコメント

なお当日、天羽牧場では病気の当歳幼駒の世話があったため、牧場一家は競馬場に臨場できず、テレビの前でこの歴史的勝利を見守った。

競走成績(全12戦)
レース着順備考
1995年新馬戦(京都・D1200)1着田原成貴・2番人気
1996年紅梅賞OP2着リトルオードリーに1番人気で敗れる
1996年桃花賞(500万下)1着武豊騎乗
1996年アネモネSOP3着田原復帰・1番人気で3着
1996年桜花賞GⅠ1着10番人気・単勝11230円・田原桜花賞4勝目・レコード
1996年優駿牝馬(オークス)GⅠ2着エアグルーヴに0.2秒差・4番人気
1996年ローズSGⅡ7着距離・展開が合わず

オークスで再びエアグルーヴと——0.2秒差の善戦

桜花賞後、回避を余儀なくされていたエアグルーヴが満を持して登場したのがオークスだった。4番人気に支持されたファイトガリバーは桜花賞と同じく後方からの競馬で直線に賭けたが、エアグルーヴの圧勝の前に0.2秒差の2着。「桜花賞はエアグルーヴがいなかったから」という声を完全に払拭するには至らなかったが、二冠馬相手に善戦したこの結果は、ファイトガリバーの実力を証明するものでもあった。

秋はローズSで7着と振るわず、秋華賞への出走も果たせないまま世代の戦いは幕を閉じた。翌1997年以降も出走は続いたが目立った成績は残せず、引退後は天羽牧場で繁殖牝馬となった。

血統が語る「ノーザンテースト×小岩井牝系」

ファイトガリバーの父ダイナガリバーの父はノーザンテースト——エアグルーヴの母ダイナカールの父でもある。つまりエアグルーヴとファイトガリバーは、ともにノーザンテースト系の血を引くという共通点を持つ。春のクラシック牝馬路線を同じ系譜の血が争った1996年だった。

一方、母ビューティマリヤの牝系は「アストニシメント系」と呼ばれる日本の伝統牝系のひとつ。1907年に小岩井農場が輸入した基礎輸入牝馬アストニシメントを祖とする由緒ある血統で、近親にはヒデコトブキ(桜花賞)なども名を連ねる。大牧場の超良血馬が揃う1990年代の牝馬クラシック戦線で、門別の小さな牧場が送り出したこの牝系が桜花賞を制したことは、日本の地方牧場にとって誇らしい一頁となった。

ダイナガリバー一族と近親の活躍馬

  • ナリタタイセイ(全兄・父ダイナガリバー)— 1992年NHK杯優勝・日本ダービー2番人気(7着)
  • ダイナガリバー(父)— 1983年日本ダービー馬。父ノーザンテースト
  • ヒデコトブキ(近親・アストニシメント系)— 桜花賞優勝馬
  • コスモフォーチュン・コスモプラチナ(半姉ミホグレースの孫)— 重賞各1勝

【筆者の思い出】田原ファンの密かな応援——高校生が見た10番人気の奇跡

ファイトガリバーの桜花賞は、今でも思い出すと胸がすく。

当時、私は高校生だった。田原成貴のファンだった私は、このレースでファイトガリバーを密かに応援していた。エアグルーヴが熱発で回避したとはいえ、10番人気という評価は「さすがに厳しいか」という感覚だった。しかし田原が乗る以上、応援しないという選択肢はなかった。

馬券はまだ買えない年齢だった。しかし、もし買えたなら——もちろん単勝だ。田原騎乗の10番人気、単勝11230円。そんな馬券、当てたことなど後にも先にもない。G1で10番人気の単勝など、競馬を続けてきた今でも獲ったことがない。

直線でファイトガリバーが伸びてきた瞬間、「来るか!」と思った。そして本当に来た。田原が確信を持って追い出す姿と、イブキパーシヴをじわじわと捉えていく末脚——あれほど胸のすく瞬間はそうそうない。

前年のワンダーパヒュームに続いて田原が桜花賞を連覇した——ファンとして、これほど嬉しいことはなかった。高校生が競馬場にも行けず、テレビの前で一人でガッツポーズをした春の午後は、ずっと忘れられない記憶だ。

ファイトガリバー この馬を一言で言うなら

  • エアグルーヴの熱発回避が生んだ大波乱——10番人気・単勝11230円での桜花賞制覇
  • 全兄ナリタタイセイの無念を晴らした、天羽牧場の執念の配合が実を結んだ勝利
  • 田原成貴の桜花賞4勝目・2年連続制覇、中尾謙太郎厩舎の22年目の悲願
  • 牧場の家族が競馬場に行けず、テレビで見守った感動の瞬間
  • オークスではエアグルーヴに0.2秒差の2着——実力も本物だった
  • 父ダイナガリバー(ダービー馬)×小岩井伝統牝系という「地方牧場の誇り」